組合について About

組合の歴史

温暖と水に恵まれた静岡の土地が育む下駄の木材。
江戸時代から、郷土色豊かな職人の手作りによって、発展した漆器技術。
この2つが合い重なり、明治時代より昭和25年まで、静岡は全国一の下駄生産を誇っていました。
技術の原点は、このころより培われています。

昭和33年からスタートしました 静岡サンダル工業協同組合は、今年で50年超になります。

昭和32年

6月
KSダイン完成し、運営委員会設置さる
8月
波部次郎夫妻を招き、ケミカルの技術指導始まる

昭和33年

2月
静岡ケミカル履物工業協同組合創立総会開かる
3月
中原に接着剤製造工場を開設す(日産600キロ)
4月
静岡ケミカル履物工業協同組合設置登記 組合員76社
12月
輸出専門会社 新静工業(株)発足

昭和34年

1月
寿町に組合事務所と接着剤製造工場移転竣工

昭和35年

県による業界の産地診断実施

昭和36年

1月
有機溶剤予防規則施行さる

昭和36年

6月
組合名を静岡ケミカルサンダル工業協同組合に改称
7月
中小企業労務管理近代化対策推進集団の指定を受ける
12月
全国サンダル生産者連合会サンダル呼称の申合わせにより静岡サンダル工業協同組合に改称

昭和38年

4月
組合貿易センター竣工
9月
吉津に産廃焼却場が竣工

昭和39年

3月
子供サンダルに漫画物盛んとなる

昭和40年

4月
静岡まつりにオープンカー2台で参加
11月
従業員慰安会 駿府会館で開催
防寒対策特別融資による安定策講ずる

昭和41年

5月
組合創立10周年記念式典 駿府会館で開く
6月
石松共同キャンペーン開始
10月
中小企業近代化資金助成法の指定を受ける

昭和42年

6月
NHKTVで「日本で一番」の紹介を受ける

昭和43年

経営委員会を設置組合の近代化、合理化に取り組む
4月
市の清掃工場でビニール専門焼却炉起工
この時点建設費の3分の1に当たる 1,690万円を組合より市へ指定寄附
11月
静岡履物史が刊行される

昭和45年

7月
ハバロフスク見本市に参加
10月
対米輸出にからみ生産状況調査にのため台湾視察

昭和46年

組合青年部シーマの会誕生

昭和47年

2月
若手グループ中近東の市場視察

昭和48年

オイルショック全国を襲う-原材料の不足が深刻化
これの対応として流通大臣への陳情、市よりの特別枠の融資、特別見本市の開催等で乗り切る

昭和49年

5月
産廃特殊焼却炉竣工
7月
ハバロフスク見本市に参加
11月
自主操短による200万足の減産を決める

昭和53年

6月
活路開拓事業により産地ビジョン策定
東京・大阪での出張見本市始まる
10月
組合創立20周年記念祝典、メモリアルホール神明で開く

昭和54年

8月
産地法による第1次指定を受け、3か年の振興計画策定のもと、高付価値新商品の開発事業等始まる
9月
ヨーロッパ国際見本市視察調査団派遣
10月
ハバロフスク見本市参加

昭和55年

4月
台湾市場視察調査団派遣

昭和56年

9月
接着剤製造事業中止
10月
産地法による振興計画2年延長
履物新聞廃刊

昭和56年

3月
焼却炉事業休止

昭和59年

7月
郵政省守住次官による庁内サンダル履き追放事件起る
8月
ビジネスサンダル研究開発事業開始
9月
開発のビジネスサンダルを奥田郵政大臣に進呈「足にフィットするし、これは良い」の言葉あり

昭和60年

意欲作品及び第2次ビジネスサンダル開発事業実施

昭和61年

デザイン高度化特定事業実施
5月
土地売買契約
10月
新事務所竣工

昭和62年

3月
売上税反対総決起大会参加
4月
産業廃棄物処理協同組合連合解散

昭和63年

3月
組合創立30周年式典 静岡ターミナルホテルで開く